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『dorothy remixes』 ライナーノーツです。

2017.07.01

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タイミングが少し遅くなってしまったのですが、
こちらへたどり着いていただいた方へ八木皓平さんに書いていただきました
dorothy remixesのライナーノーツを公開させていただきます。

前回に載せました各サービス様からの音源をお楽しみつつ、
こちらをお読みいただきより2,3度目も深く作品を味わっていただけたら幸いです。


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『Dorothy』(remix)ライナーノーツ

シマ・キムとアメリカン・グリーンのコラボ作『Dorothy』のリミックス・アルバムである本作は、参加している音楽家/トラックメイカーそれぞれの持ち味を生かしながら、
『Dorothy』が持つ音楽性を極限まで拡張した優れた作品だ。そのことは冒頭曲でいきなり証明されることになる。自身の作曲活動に加え、カセットレーベル”stuk Label”を運営するNogawa Kazuneによる「at the first meeting」の冒頭で流れる砂嵐のようなノイズは、
この楽曲が『Dorothy』の収録曲であることを一瞬忘れさせる。ノイズと交差するように浮上してくるメロウなヴォーカルとマシーン・エフェクトが原曲のドリーミーなムードを思い出させてくれるが、その絶妙なエディットによる異化効果が効いており、既視感とオリジナリティの按配が絶妙だ。続く「wisdom tooth」を手がけているのは、日本の若手トラックメイカーのトップランナーLASTorder。
彼のトレードマークでもあるヴォイス・サンプルを使用しつつ、原曲を華やかに磨き上げたプロダクションは様々なエフェクトによって築き上げられ、そのポップネスの裏にある多くの仕掛けにはニヤリとさせられる。本作の中でもっとも『Dorothy』の物語性と近接しているように聴こえるmanaとyamaのユニットLine Craftの「bird song」は、鍵盤が主体となったウィスパリング・ヴォーカル・ナンバー。原曲ではダウナーなエレクトロニカ「can i come by tonight」は、韓国在住の若手トラックメイカーNorの手にかかれば弾けんばかりのエレポップナンバーに変貌する。アップリフトではあるがちょっとした甘酸っぱさが含まれたシンセを聴いていると、なんとなくtofubeatsを想起させられ、OL化した「ドロシー」が楽しげに踊っているようでユニークだ。ジュークやトラップのサウンドが注入されたmondaystudioの「子守唄」、原曲をダウン・ビート風にアレンジしてみせたニック・ボマーリトの「morning song」の次は、『Dorothy』収録曲の中でも珠玉の一曲「all of me」だ。韓国のプロデューサーZekkはインディーR&B的な原曲にEDM的なラウドネスを導入し、よりパーティー色が強くなったナンバーに仕立て上げた。
DJ/トラックメイカーのチーム OSFCの主宰であるyumekaは「she is dorothy」を換骨奪胎し、ハウス・ビートとバイレファンキを彷彿とさせるビートをミックスしたユニークなリズム・ミュージックを構築。
分解系レコーズから作品をリリースしているQuine Ghostは「night train」を、グリッチ・ノイズを駆使した美しいエレクトロニック・ミュージックへと再編成してみせた。
ラストを飾るのが、アニメ『ユリ熊嵐』のopを手がけたボンジュール鈴木ともコラボレーションしている気鋭のトラックメイカーtokomanonkaによる「終わりなき終わり」だ。朧げなサウンドの中でたゆたうFerriのヴォーカルや時折差し挟まれる人々の会話のサンプリングはまるでそれが白昼夢の中の出来事のようで、なんとも幻想的なナンバーになっている。

本作のもっとも驚くべき点は、これだけジャンルも経歴も国籍も異なったトラックメイカーたちが集合しているにも関わらず、リミックス・アルバムにありがちな、ただ曲を並べているだけの雑多な内容になっていないという点だ。足並みを揃えているどころか、方向性が全く違った楽曲ばかりであるにも関わらず、全曲を通して聴くとどこか一貫しているように感じるのはなぜだろうか。ここでぼくたちは思い出す必要がある。『Dorothy』は「ドロシー」という一人の女性を巡った作品であるということを。オリジナル作品はシマ・キムが全体像を描き、アメリカン・グリーンがそれを補佐することで「ドロシー」を描写したが、リミックス作品に収録されている楽曲は、トラックメイカーたちがそれぞれの思い描く「ドロシー」を綴ったものだ。

つまり同一人物を異なった人間たちが多角的に見ることで形成された像の集合体が、このリミックス作品なのだ。曲の方向性が全く違っていてもどこか共通しているように感じるのはそのせいなのかもしれない。これをただの妄想と一笑に付すこともできるだろう。しかし私にはどうしても、作り手や聴き手を含めたこの作品を取り巻くすべての人間たちが、姿の見えないたった一人の女性に惑わされているように思えるのだった。


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八木皓平さん
Twitter:https://twitter.com/lovesydbarrett

http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/10582